Why don't we do it in the road?


今日は朝早くからバスに乗り込んでソゾポルという町へ向かう。ブルガリア国内では東端に位置する黒海沿岸のリゾート地である。ソフィアからはたっぷり300キロ、日本の常識では鉄道を利用するところであるが、勿論ここに日本の常識を持ち込むことは無意味である。バスは朝7時45分に出発し、午後2時30分ころ到着の予定である。やれやれ。

定刻より15分遅れの8時ちょうどにバスは出発した。バスには冷房が付いており、あまり高性能とは言えないけれど、そこそこ快適である。ソフィアの町を抜け出すと、窓外には平原が広がり、空がとても広く見える。アウトバーンと呼ばれる、市街間を結ぶ道路をひた走るのである。制限速度は80キロ。それにしても市街間は見事に何もない。農業国であるから、畑などはあるのだが、日本のようにどこに行っても家があるようなことはなく、市街間はひたすら道路と畑と平原である。家もなければレストランもドライブインもない。これは北海道のようでなかなか楽しい風景である。
しばらく走るとバスが突然停車した。見ると道路に一台のクルマが立ち往生しており、その運転手が助けを求めてバスを停めたようだ。どうやらクルマが故障したので、サーヴィスカー(JAFみたいな奴だろう)を呼びたいから、誰か携帯電話を持っていないか、と言っている。誰も返事をしない。ブルガリアでは携帯電話はまだまだ一般的ではないようだが、道路付近に誰も住んでいず、非常電話も用意されていないために彼は気の毒に一生動けないかも知れない。我々のバスとて彼にいつまでも構っている訳にもいかず、故障車を置き去りにして再出発する。
さらに2時間ほど走った頃だろうか、またもやバスが突然停車する。見るとサブ運転手(交代で運転するシステムのようだ)がドアを開けて降りている。誰も何も言わないが、何人かの人がぞろぞろと降りはじめる。ははん、これは休憩時間だな、と理解して俺もタバコを吸いに降りる。しかし降りた所は相変わらず何にもない道路の上で、こりゃあ喉が渇いても我慢するしかないな、と思っていたら、すぐ隣で女性がしゃがみこんでオシッコを始めたのには驚いた。よく考えてみれば何人かの女性が降車したはずなのだが姿が見えない。道路の脇は平原だから、どこに居ようと見えてしまう。おそらくバスの後ろにでも隠れて同じことをしているのだろう。男性は平気なもので平原に向かって立ちションをしている。朝早く出発するバスであるし、3時間以上走っているのだからトイレにも行きたくなるだろう。成る程ドライブインとは便利なものである。電話も飲み物もトイレもこの地では期待できないから、故障したら自分で直すか、困るしかないし、喉が渇いたら我慢するしかないし、トイレは道端で済ますしかない、という訳である。
その後更に2時間近く走って、とある町の中のカフェでバスは停車した。運転手が「20分休憩する」と言ってエンジンを停める。なーんだ、休憩もちゃんとあるんじゃないか、と思ったが、もはや12時30分、これは休憩というより昼食タイムかも知れぬ。数台のバスが停まっているから、ここは数少ない休憩ポイントなのであろう。一つしかないカフェのトイレは案の定長い行列である。近くに林があり、そこまで歩いてゆく人影が見えるが、これはきっと行列に参加する余裕のない人達と思われる。男も女もいる。まぁ人から見られないだけ道端よりはましであろう。
そこから更に2時間ほど走り、バスは漸くソゾポルに到着する。黒海沿岸の小さな、そして美しい街である。海水はとても澄んでいて、海の底がはっきり見える。ヨーロッパでは、ブルガリアの黒海沿岸は有名なリゾート地だそうで、こうした海水浴場が幾つもあり、メジャーな街ではそれこそ日本の海水浴場のように混雑するらしいが、ここソゾポルは比較的マイナーな穴場らしく、それほどひどい状況ではない。海の家のようなものは見当たらず、皆勝手に出かけて行き、勝手に寝そべっている。トップレスの女性もいるが、これは遠くから見ると男性に見え、近くで女性と気づきギョッとする。トップレスの割合は女性のうち10%弱くらいだろうか、そのほとんどはブルガリア人ではなく、ドイツ人やロシア人らしい。

街中は出店が花盛りで、とにかくありとあらゆるものを売っている。土産物や、海水浴関係のもののみならず、飲み物や本や下着まである。ヘビを抱えている人も居て、俺が通りかかると声を掛けてくる。「東洋ではヘビを食うってのは本当か?」などと言っている。誰だそんなこと教えた奴は。馬もいて、これは観光客を乗せるためらしい。

もちろん住宅地もあり、その殆どの家はかなりの年代もののようである。石造りがメインであるが、家によっては木材や瓦も使用されており、何となく和洋折衷という雰囲気である。東欧が東洋建築の影響を受けているかどうかは知らないが、予備知識なしに見ていると、何となくシルク・ロードの影響があるようにも思えてくる。シルク・ロードの終端であるイスタンブールはここから100キロも離れていない。

電柱もちゃんとある。海外では電柱は見られないという話を聞いたことがあるが、まさか日本独自の発明品ではなかろうと思っていたらここブルガリアで発見出来た。

海水浴場から離れた所には港があり、そこからはソゾポルの街を見上げることができる。夕暮れ時のようであるが実は既に午後8時を過ぎている。ヨーロッパの夜は、ほんとうに遅い。

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