Keep walking or die!

今日の予定ははっきり判らない。早朝バスに乗るところまでは聞いているのだが、その後どうするのかと聞いても友人は笑って答えない。今夜も宿はプロブディフ、日帰りだから、遠くまで行く訳ではないだろうが、どうなるのだろうか。
早朝のバス発着場には汚れた服を着た子供たちがたくさんいる。「ジプシーには気を付けろ、彼らは素早く財布を奪って行くから」と言われ、ズボン後ろのポケットに入れていた財布を腹に入れ直す。しかし意外にも彼らは手を出そうとはせず、こちらに手を振って何かくれと言うだけである。幾らかあげてもよかったがどんどん集まられても困るのでやめることにする。
1時間程走ってバスは山中で停車し、我々はここから教会へ向かう。バチコヴォ僧院と呼ばれ、ブルガリアではリラの僧院に次いで2番目に有名な僧院だそうだ。観光客コースに出てきそうなリラの僧院でなく、2番目というのがいい。

建立は1083年とこれまたあきれる程古い。まったくブルガリアというところは何処に行っても遺跡の嵐である。主に木と紙で作られ、古い建物などあまり見られない日本人には羨ましい所だと思う。

中庭に描かれた壁画はこの僧院の歴史を綴ったものらしいが、何を言いたいのかは一目ではよく判らない。ただ普段は無信心な俺だがなんとなく美しいな、とは思う。
僧院に働いているらしい人がカギを開けてくれて中を見せてくれる。かつては食堂に使われていた場所だと言う。我々のためにわざわざカギを開けてくれたのだろう、感激して中に入れて貰う。

食堂の中は天井までぎっしりと絵が描かれている。詳しいことは判らないがギリシャ歴代の聖人を描いたものらしい。

壁の奥にはくぼみがあり、このくぼみに沿って絵が描かれている。とにかく地面以外、どこを向いても何かしら描いてあるのである。このあたりの宗教パワーというか、執念は凄まじい。現代ならとんでもない金がかかることであろう。

これは皇帝の等身大の肖像である。
食堂を見終わると、友人が僧院の人に金を払っている。なあんだ特別に見せてくれたんじゃなかったのか、と思う。
バチコヴォを離れ、バスに少し乗ってある田舎町で降りる。山の上の方に微かな建物が見える。

友人はそれを指差し、あそこまで歩く、と言う。まじ?
俺は自慢じゃないが体力はない。職業はデスクワークのプログラマだ。一日500mも歩かない。あんな所まで歩いたら死んでしまうと思ったが、ここで弱音を吐いたら日本人って奴はヨワヨワだと思われてしまう。ちくしょーどうして今日どこに行くか答えなかったかがやっと判ったぜ。
ひーひー言いながら歩くこと20分、漸くたどり着いた所は教会であった。見張り台のような建物があり男がベンチで寝ている。我々がたどり着くと起き上がり、この建物はローマ時代に建設され、敵襲を防ぐための要塞もあり、うんぬんとガイドを始める。客が来ると起き上がるなんてユーモラスなガイドだ。彼は一日に数回これをやるためにここにいるのだろうか。

建物は残念ながら休みであった。日曜日にしか開かないらしい。俺は疲れのせいかヤケクソになっており、入り口で「1万キロ彼方からはるばる来たんだぞー!!開けろー!!」と怒鳴ってみたが返事はなかった。平日は誰もいないらしい。

教会のすぐ傍にはガイドの言う通り要塞跡があった。この窓からは麓の街がよく見える。ローマ時代の人もここまで歩いて登って来たんだろうななどと思う。

疲れてはいたがここから見下ろす風景は見事なものである。タクシーでも使えればもっとよかったのに。
疲労困ぱいの体を抱えて麓の街へと歩く。今日はブルガリアに来て初めて列車を利用する予定である。列車の発車時刻は5時。友人曰く、20分程度で街には着くとのことだったが、実際には40分かかって駅に到着した。疲れきっていたが、これからは座れると思って駅を見上げると、なんとたった今列車が発車しているところではないか。4時55分。こんなことがあっていいのか?5分も早く発車してしまうなんて。

仕方がないので再びバス停まで歩き、バスを使ってプロブディフに向かうことにする。今日はよく歩いた日であった。
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