久々の「extra」でございます・・・でもって、またしても王家(^^ゞ
月の満ちる夜に −ケペルの想い−
お前は、いま、どこにいる・・・その魂は、何をみつめている・・・?
命を賭してまでエジプトを、ファラオを、お前を愛する人を裏切ってまで
貫いた平和への信念・・・
いや、俺にはあれが、ただの平和への信念だとは思えない。
お前は、お前が助けた敵国の王女に肩入れし、挙句に同情までして
許されない行為をしたんだ・・・
親友にすら何も相談せずに・・・だが大勢に責められても、何一つ真実を語ろうとしなかった。
そして、たった一人きりで逝ってしまったんだ・・・その心に全て抱えたまま・・・
なぁ、後悔はないのか?苦しくはないのか?寂しくは・・・ないのか?
俺は・・・俺はものすごく寂しいよ。お前がいないのが寂しくて、
何も語ってくれなかったことが哀しいんだ。
衝撃的な出来事、ファラオ暗殺からどれくらい
暗殺を可能にしてしまった裏切行為で、若き将軍ラダメスは地下牢へ生埋めの刑に
処せられた。
新たなエジプトのファラオであるアムネリスの命により地下牢への扉が固く
閉ざされて以来、
そこへ近づく者は皆無に等しかった・・・だが、彼の親友であり戦友だった
ケペルは
満月の夜になると一人訪れ懐かしむ。今日のように非番の日には酒とグラスを二つ携え、
ラダメスの魂との対話に時間を費やす。
親友が地下牢へ入って以来、ずっと続いている・・・ケペルにとっては
儀式のようなものになっていた。
ダメだな。楽しく酌み交わしたいと思っているのに、今日もまた怨み言に
なっている。
自嘲の笑いをもらしながらグラスの中身を一気に飲み干す。
大きく息をつくと、再びグラスに注ぐ。
だが、怨み言を言うなというのは無理な話しだ、ラダメス。
冷静で思慮深いと、お前は俺を評したが・・・買い被りすぎだよ。
俺はこんなにも恨みがましく、未練がましい。
言うと、一口飲んで黙した。
グラスに映る綺麗な新月を、じっと見つめる・・・
お前を失って心に穴があいたようだ。だが、それもいつか時間が解決してくれる
だろうって
ことは分かるんだ。でも、ファラオは・・・アムネリス様は・・・
アムネリス様は親友以上に深い傷を負われただろうと、拝見していて感じるんだ。
ファラオとして立派に務めを果たされておられるが、アムネリス様が気丈に
振舞っていればいるほど、どんなに苦しい想いを抱いてお過ごしなのかと気が気じゃない・・・
だが、俺には何をして差し上げる事もできないんだ。
ただ見守っていることしか・・・それしかできない、それ以上はしてはいけない・・・
お前の処遇に決断を下された瞬間、アムネリス様はご自分の命を絶ったも同然だった。
今このエジプトを支配するファラオの魂は地上にはない・・・少なくとも俺にはそう思える。
あの方はご自分の全てを捨て、ただひたすらにエジプトの平和を守ろうと奔走しておられる。
お前には分かるか?みえるか?ファラオの痛みが・・・ラダメス?
ラダメスの言葉の意味を、大切に忠実に育んでいるアムネリスの姿を思い浮かべ、
言葉を切ったケペル・・・今更どう言葉にしても意味がないと解っているのに、
それでも口にしてしまう苦しい気持ち。
『恋に目が眩み、周りが見えないのは自分も同じか・・・』ケペルはふとそんなことを思った。
いや、ラダメス、今のは忘れてくれ。どうかしているぞ、俺は。
どうにも上手くいかない自分の心にイライラして、お前に嫉妬しているだけだな・・・済まん。
こんなことを話したいワケじゃないのにな。まるで子供だ・・・
苦笑いして夜空を見上げると、笑っているラダメスが見えたような気がした。
気を取り直して話題を変えようとした時、背後に何かが近づく気配を感じたケペル。
非番の為、小振りの剣しか携えていなかったが、いつでも抜けるように柄を握る。
すると風上となる背後から甘い香りが仄かに漂ってきた。
この香り・・・まさか?
静かに振向くと、少し離れた場所に女性らしき人物が佇んでいた。
月明かりに浮かぶシルエット・・・ほっそりとした立ち姿、だが厳かで凛々しさ
溢れる風情は
ケペルがよく知る人物と似ている。いや、加えてこのように高貴な香りを漂わせる女性など
このエジプトには一人を除いては存在し得ないだろう・・・
「そこにいるのは誰です?」
閉ざされた扉の外枠には天蓋が施され、ケペルはちょうどその影に覆われていた。
そのため女性の位置からは人物の特定ができず、その声は警戒を含む。
だがケペルはその声を聞いてゆっくりと影の外へ歩んだ。
「ケペルでございます、ファラオ・・・」
片膝をついて深く頭を下げる。
この場所に人がいること自体が驚きだったアムネリスだが、正体を知って
ホッとした様子になる。
「ケペルでしたか。あなたも、話しをしたくてここへきたのですか」
地面に置かれたグラスを見てそう尋ねたアムネリスは
ゆっくりとケペルの横を通りすぎ、
閉ざされた扉へ近づいていった。
返答しようとして、ケペルは周囲に護衛の姿がないことに気付く。
「ファラオ、侍女どころか護衛の姿も見当たりませんが、どうされたのですか?」
「私とて、一人になりたい時はあるものです」
「ですが、お一人で出歩くなど危険すぎます!侍女たちは存じているのですか?!
護衛の者は?」
アムネリスはケペルを制するように背を向けたまま右手を上げると
顔を僅かに動かし後方へ向けた。
「手向かったエチオピアは懺滅しました。王女の行方は依然不明のままですが・・・
軍が滅びた今、王女が生きていてもエジプトの脅威にはなりません。
近隣の国々にも不穏な動きはありません」
「ですがファラオ、危険は国外だけにあるのではございません。
味方の中にも万が一ということがございます・・・決してあってはならないことですが」
言葉の語尾が弱く小さくなりながらも、アムネリスの身を案じるケペルは訴えた。
なおも言葉を続けようとすると、ふいにアムネリスが振向く。
その表情は先ほどと違い疲労と哀しみが混在し、力ない微笑は青白いのに美しく輝いて見え、
ケペルは眼を奪われて言葉につまる。
「私の身を案じていることはわかっています。いつも感謝しているのです。
ケペル、ファラオとは・・・国を治めるとは孤独との闘いなのです。
王族に生まれた者の
でもその前に、私はあなたや民と同じく人間であり、一人の女性でもあるのです。
自身を殺し、責務に追われる日々で芽生えた孤独を抱えたまま生きることができるほど、
私は強くありません。何かに縋っていなければ崩れ落ちてしまいそうに危うい日々を
送っているのです。どんなに強い意志を持っていても、孤独には勝てない・・・
ケペル、私には時間が必要なのです。心を浄化する時間が・・・」
「心を、浄化・・・」
アムネリスは頷くと力無く微笑み、再び閉ざされた扉へ振向く。
そんなアムネリスの後姿は普段とは違い、とても小さく脆く見えて、
ケペルは抱きしめたい衝動に駆られた。それを抑えるように両の拳をぎゅっと握る。
そんな様子は知らず、今まで誰にも明かすことなかった胸の内をアムネリスは
少し躊躇ってから語り始めた。
「ファラオとは孤独の中で生き続ける運命にある・・・私は父である前ファラオから、
そう教わりました。そして孤独な地位でも愛する人がいてこそ、それも甘受できると・・・
ファラオとしての重責に堪えきれず苦悩していた時、その言葉を思い出しました。
でも私の愛する人はもういなかった・・・孤独と罪の意識に捕われた私は、気付くと
この場所へ来ていました。重く苦しく、哀しみに苛まれて近寄ることもできなかった
この場所・・・でもずっと訪れたいと思っていた場所。不思議と心が軽くなったように感じたのです。
それ以来、私にとってこの場所は大切なものとなったのです。
一人の人間として、女性として振舞える、私が私でいられる心安らげる場所。
私を裏切った、私が愛する人が眠る場所・・・私だけの・・・」
「アムネリス様・・・」
今まで察していた以上のアムネリスの苦しみを知ったケペルは、かける言葉も見つからず、
ただ立ち尽くしていた。
アムネリスは愛しそうに扉に頬を寄せて、まるで何かに抱かれているように見える。
ラダメス・・・お前か・・・?
ケペルは一瞬、親友の姿を見たような気がした。
アムネリスは扉に寄添ったまま・・・その表情は見えない。
ケペルは何故かここに留まってはいけないように感じた。
「辺りを見回ってきます」
静かに告げるとアムネリスを残しその場を後にしたケペル。
地下牢への入口は地上にあるものの、その周囲は特に何も無く、ただ砂地だけが広がっている。
見通しが利くのを確認し、アムネリスの居場所から適度な距離を保って辺りを見回る。
俺は一体、何をみてきたのか?愛する人が苦しんでいるのに気付かなかった・・・
ラダメス、お前はこの世を去っても、なおアムネリス様を支えることができるのだな。
だが、それでは駄目だ。あんなのはただの現実逃避だ。
アムネリス様は幻の中に生きようとしているだけではないのか・・・?
心乱されアムネリスを振りかえるケペル。
アムネリスは扉から少し離れ、まるで目の前にいる誰かと話しをしているようだった。
いや、そうではない。あの方は孤独を癒したいだけだ・・・そう仰っていたではないか。
頭を振って気を取り直し、再び歩き出す。
俺は勝手だな。身分違いを気にして何をすればいいのか判らずにイライラしているだけだ。
そして、世を去った親友があの方の心を支えている事に嫉妬している・・・
俺は、ラダメスになることはできない。身代わりにもなれない。
だから俺自身が、俺の心で、あの方を守る・・・
『そうだろ、ラダメス・・・』見上げた月は綺麗に輝いていた。
辺りに異常が無いことを確認し、閉ざされた扉の手前まで戻り立ち止まった。
いまだ扉に向かい合っているアムネリスをケペルは現実に引き戻す。
「ファラオ、そろそろお戻りに・・・侍女たちもファラオの不在に気付く頃でしょう。
見張りや護衛に報告されれば騒ぎになります。その前に・・・」
「分かりました、ケペル。戻りましょう」
アムネリスは小さく溜息をつくとそう告げて、名残惜しそうに扉を振り返る。
そして向き直ったアムネリスは普段と変わらぬ威厳に包まれたファラオとなっていた。
気高さに満ち溢れた美しい立ち姿・・・言葉無く立ち尽くすケペルの前を通りすぎてゆく。
付かず離れず距離を保ち、ケペルはアムネリスの後方から付き従っている。
地下牢への入口が遠ざかり、その存在も小さくなったころ、神殿の奥庭が見えてきた。
月明かりに照らされて女性らしき数人が右往左往しているのが見える。
早足でアムネリスの横へ移動したケペルに、アムネリスは尋ねる。
「どうしたのでしょう?ずいぶんと騒がしいようですが」
「判りません。でも、あれは侍女たちではないかと・・・ファラオの不在に気付いて
お探ししているのかもしれません」
話していると見張りの兵士らしき男たちが数人駆け寄って女性らと合流した。
これはファラオを探しているに間違い無いと確信したケペルは、声が届く距離まで走った。
「どうした、何か問題でも起きたのか」
男女合わせて10人ほどが振り向いた。
一瞬、その場の全員が警戒したが、声の主がケペルだと判明してホッとする。
「ケペル様!」
「ケペル様、アムネリス様が!」
「ファラオがどこにもいらっしゃらないのです!」
ケペルの登場に残り少ない冷静さを失った侍女たちは、駆け寄ると一気に捲くしたてた。
兵士たちも不安な表情で侍女とケペルを交互に見つめる。
「落ち着け。ファラオはご無事だ」
ケペルが告げると、ちょうどその背後から女性が一人現れた。
侍女たちの口からは安堵の言葉が次々と飛出し、兵士たちはホッと胸を撫で下ろす。
「ワーヘド、タラータ、アウウィル・・・心配をかけましたね」
アムネリスの言葉に更にホッとして、タラータは涙を流した。
「ご無事で何よりです・・・」
タラータの一言に他の二人は微笑みでアムネリスへ返し、アムネリスはそれを真っ直ぐ受止める。
「部屋へ戻ります」
短く告げたアムネリスに一同は道を開ける。
行きかけて、整列した兵士たちの前で立ち止まる。
「あなた方も、ご苦労でした。仕事に戻って下さい」
兵士たちはファラオ自らの言葉に嬉々として持ち場に戻って行った。
「ケペル。あなたも、もう休んでください。神殿内を抜けて行けば心配なことはありません。
見張りも見回りの兵もあちこちにいるのですから」
ファラオの住まう寝殿近くまで護衛として付き従おうと思っていたケペルに、
アムネリスが告げた。声こそ優しいものだが、有無を言わせぬその風情はファラオのもの。
「承知致しました」
深く礼をしてその場を去ろうとしたケペルに再びアムネリスが言葉をかける。
「ケペル、あなたの心遣いに感謝します。また、逢いにゆきますか?」
「はい。月の満ちる夜に」
その言葉に微笑んだアムネリスは、侍女たちを伴って神殿のほうへ向かって行った。
残されたケペルは複雑な面持ちで暫くその後姿を見ている。
だがやがて神殿とは反対の方向にある戦士専用の住居へ向かって歩いて行く。
ゆっくりと、月を見上げながら・・・
実はラダメスの死後の出来事で、ラダメスの眠る場所での
ケペルとアムネリスのお話しっていうのを去年からずっと
思い描いていて、それをなんとか文章で表現したいなぁと・・・
舞台を観てて、解説台詞が多い時は文句ばかりのu-tsuですが、
いざ自分で文章にしてみても同じ現象に陥っていることにボー然。
シナリオの難しさを感じます(苦笑)・・・
ま、お遊びってことで、広い心で受流して頂きたくm(_ _)m
で、u-tsuはラダメスが処刑された日は、ファラオ暗殺と同じく
新月から14番目の夜としています・・・勝手な希望ですが。
ケペルはその日になると地下牢への入口に訪れて、あの世の親友と
話しをするというか、懐かしむというか。墓参りみたいなもんかな。
アムネリスは心の重荷が大きくなると癒されに訪れるというか。
まだラダメスへの気持ちは引きずっていてほしいなぁと(苦笑)。
この場所では彼女も素直になれるので、普段は聞けないホンネも
聞けたりするんじゃないかと思って・・・
ま、個人的希望な展開ってところですね(ーーゞ