もう一つの 
王家に捧ぐ歌


エチオピア戦−開かれる扉〜前編−

エチオピア討伐から3日・・・
戦局は終りに向っていた。

この戦闘の指揮をとるのは40代半ばの、
戦士らしい誠実さが特徴のセファス将軍。
彼は歴戦の将であり、その人柄はファラオはもちろん
神官や戦士たちからも信頼厚い人物だった。

セファス将軍は、自分の相談役となるラクル将軍と
この戦で優秀な働きをしていたラダメス、ケペル、メレルカを
テントに呼び、これからの戦略を練っていた・・・


セ:「我々は現在、優位にたっている。だが油断すれば、
   あのアモナスロの事だ、どんな手を使ってでも潰しにくるぞ」
ラ:「では、どのように攻め込むつもりか?」

ラクルの問いに、戦士たちも考え込む。

セ:「夜明け前に攻撃を開始する。見張りは起きておるだろうが、
   多くの者が休んでいるはずだ。気付かれずに宮殿を包囲し
   奇襲する」

セファスの言葉に一同は頷く。そこへケペルが言葉を挟む。

ケ:「夜明け前というと、あまり時間がありませんが?」
セ:「もちろん、分かっているが」
ケ:「もう夕刻も過ぎました。準備が間に合うかどうか・・・」
セ:「多少のムリは承知している。
   それでも、この戦を早く終わらせるにはもうこれしかないのだ。
   本当は、今すぐにでも奇襲するほうがいいと思っている。
   だが準備なく攻め込むのは、あまりにも愚かなことだ」
ケ:「分かりました」
セ:「うむ。若い戦士の中でも優秀なお前たちだ、頼りにしているぞ。
   ケペル、メレルカ・・・ラダメス」

一人ずつの顔を見回し、頷くセファス将軍。
3人は気を引き締め、将軍から伝えられる作戦の詳細を
一言も聞き漏らすことのないよう神経を尖らせていた・・・

ラダメス、ケペル、メレルカがそれぞれの任務を命じられ、
テントから出てきた。
準備が整った後に集まることを確認し、自分に与えられた
戦士と兵の隊へ向う。

エジプト軍がエチオピアへの奇襲準備を進めている頃、
エチオピアでもエジプトを滅ぼすための戦略が練られていた。
アモナスロをはじめエチオピア軍を率いる将軍たち、
いずれはエチオピアの王となるであろう王子ウバルドが参会。
大まかな事柄が決められた後、ウバルドはアモナスロから命じられる。


ア:「ウバルド。お前は兵を率いて側面へ回れ。
  側面から割って入りエジプト軍を分断しろ」
ウ:「分かりました。では、準備にかかります」
ア:「うむ」

ウバルドが扉へ向うと、アモナスロは再び将軍たちに向い、
今度は作戦について詳細を述べ始めた。
扉の外では、エチオピア王家の家臣でウバルドの忠臣カマンテと
サウフェが控えていた。


カ:「我々は何を?」
ウ:「エジプト軍を側面から分断し、叩き潰す」
サ:「兵はどれくらい?」
ウ:「千を率いる」
カ:「横からの奇襲だ、ちょうどいいくらいだな」
ウ:「ああ、そんなところだろうな」

ウバルドは二人を伴ない準備にとりかかった。





夜も更けた頃・・・
アイーダは一人、バルコニーから空を見上げていた。


ア:「空の星はこんなにきれいなのに、地上は人間の血で汚れている・・・
   意味のない争いは続き、平和な時間は長続きしないなんて・・・
   勝利することが、なぜ大切なの?
   勝っても負けても、世界は思い通りになんかならないのに・・・
   どうしてそれを分かろうとしないのかしら。
   お父さまも、ウバルド兄さんも、エチオピアも・・・エジプトも!
   争いを起こす人を憎いと思う。その人が勝利をもたらそうとする国も!
   この戦いも憎い・・・終っても、また争いが起こるわ。
   多くが死に、多くが悲しみ・・・争いを止められず、
   私は、私の心はまた痛みに焦がされるのよ・・・」

アイーダの居室にファトマが入ってくる。

ファ:「アイーダ様、まだ起きていらっしゃるのですか?」
ア:「ファトマ・・・」
ファ:「心配で、眠れないのですか?」
ア:「心配?何を心配するというの?エチオピアが勝つか負けるか?」

ファトマはもちろんそうだと云わんばかりの表情でうなずく。

ア:「そうね。エチオピアは私の国だもの、ずっとこの場所に
   あってほしいし、勝って平和が訪れたらとても嬉しいわ・・・
   でも、現実はそんなに簡単なものじゃない。
   自分が支配する側になろうとする人間がいるかぎり、
   争いはなくなることはないのよ・・・
   私は王女であるのに、争いを止める力を持っていないのよ。
   もし、女の身でなかったら、もっと力を持つことができていた
   かもしれない・・・そう思うと、今の自分がとても歯がゆいの」

滅多にみせないアイーダの弱音が、ファトマの心にひびく。
いつも凛として、何事に対しても弱音を吐くことはせず、
自分の信じる道を胸を張って生きているアイーダ。
彼女は王女という身分ではあるが、
心の奥深くには等身大の少女が生きている。
皆がどう見ていようとも、やはりアイーダは少女なのだ。


ファ:「あなたは、そのままでいいのですよ。アイーダ様のままで・・・
    女の身であっても、あなたには人の心を動かす力があります。
    いつかきっと、あなたと同じ考えを持つ人が現れます。
    何事も、時間が解決してくれます。平和を望んでいるのは
    アイーダ様だけではありませんよ」

優しく微笑みながらアイーダを勇気づけるように言葉をかけるファトマ。

ア:「そう・・・そうよね。私だけが平和を望んでいるわけではないわね。
   私は、私にできることをすればいいのよ・・・ファトマ、・・・」

ありがとう、と云おうとしたとき、勢いよく扉を開け侍女が入ってきた。

侍1:「アイーダ様!大変です!」
ア:「どうしたの?!」
侍1:「エ・・エジプト・・軍が・・・」

走ってきたせいで息を乱しながら外を指差す侍女。
その指差す方を見ると、エジプト軍が雪崩れ込んでくるところだった。


ファ:「まさか、こんな夜更けに攻撃をかけてくるとは・・・」

信じられないという感じで、ファトマはその光景を凝視している。

ア:「一気に終らせようという魂胆よ。敵陣での戦いは長引けば
   困難になるし、負ける可能性も高くなるわ。だから夜明けを
   待たずに仕掛けてきたのよ。お父様やウバルドたちは?」
侍1:「不意打ちで・・・準備が整っていなかったようで、
    とにかく動けるものは全員・・・アモナスロ王が指揮を
    おとりになっています。ウバルド様もご自分の兵を動かして
    エジプト軍勢に向っていったはずです」
ファ:「アイーダ様、とにかくここも危険になります。どうか
    安全な場所へ!」
ア:「私だけ?お前は私だけ逃げろというの?!争いを続けてはいても、
   お父様たちを置いて逃げるなんてできないわ!」
ファ:「戦場の王や王子にもしものことがあれば、王女の貴方がエチオピアを
    継ぐのですよ?!貴方は生きなくてなりません!」
ア:「私がエチオピアを継ぐ?争いの種となっているエチオピアを?
   私は・・・」
侍1:「言い争いをしている時間はありません!こんなことしている
   間にも、エジプト軍が侵入してくるかもしれないのですよ!」

アイーダとファトマの間に割って入り、危機に面している事実を
思い出させるように侍女の声が響く。と、その時・・・
侍女が3人勢いよく入ってきた。


侍2:「エジプト軍が侵入してきました!」
侍3:「部屋を一つ一つ見回っています。ここへ辿り着くのも
   そう時間はかかりません!」
侍4:「今すぐ地下の部屋へ!」

ファトマと侍女たちはすぐにアイーダの身の回り品を手早く整え、
アイーダを連れて部屋を出ようと扉を開ける。
が、そのまま立ち尽してしまった。

エジプト軍のほうが一足早かったのだ・・・



・・・to be continue

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