もう一つの
王家に捧ぐ歌
アイーダの素性〜新たな始まり−後編
エチオピア王女が捕虜の中にいることが知られたが、
命だけは助けることができた。
セファス将軍も咎めを受けることなく、
ラダメスは心からファラオの寛大な処遇に
感謝し、安堵していた。
ネ: ではファラオ。この者たちは如何致しますか。
神官長ネセルはウバルドと家臣のカマンテ、サウフェを
示し問う。
ア: ウバルド兄さん・・・
アイーダは兄の元へ行きたかったが兵士に囲まれて
自由に動くことができない。
命だけは助けたいと思案を巡らすが、所詮は囚われの身。
成行きを見守るしか術はない・・・
ネ: 王族の血を絶やさなければ、いつまでもエジプトへ
手向かってきますぞ。我がエジプトは強大とはいえ
犠牲が全く出ないとは言い切れません。
特に王子といえば第一の後継者。
その奪還を理由にアモナスロが攻め入ってくるのは
必至ですぞ。
将: ですが、それならば尚のこと、命を奪えば復讐を
理由に攻め入ってくるのは必然。
今、処分を決めるのは時期尚早かと思われます。
ネ: 何を甘いことを云っている!
ウバルドたちの処遇をめぐって神官長と将軍の意見は
かみ合わず、しばらく議論が続いた。
当の本人達は戦士に取押さえられたまま身動きできず、
聞きたくもない議論を聞かされている。
アイーダは歯がゆい思いだがどうすることもできず、
ファトマはそんなアイーダをただ見守っているだけだった。
ラダメスもアイーダの様子を見て力になりたいと考えるが、
これ以上自分が出来る事は何もないということを承知している。
『アイーダの命を助け、咎めを受けず、これ以上ファラオに
何を云えるというのか・・・』
神官長と将軍の議論をじっと聞いていたファラオは
やがて難しい表情で告げる。
ファ: 神官長ネセル、セファス将軍。
この者たちの処分は今しばらく考えたい。
ネ: ファラオ、何を悠長なことをおっしゃっているのです。
ファ: そなたたちの言い分はどちらも捨てがたい。
生かすも殺すも、エチオピアの侵攻理由になる。
狡猾なアモナスロを相手にするには
よく考えて事を運ばねばならぬ。
ネセルは不満を隠せない様子でファラオを見ていたが、
その言葉を覆そうとするのは無益と承知している。
ネセルと将軍はファラオの言葉に合意し、暫らくの間
ウバルドたちを牢へ入れる決定を下した。
ファラオは処理をセファス将軍に委ねると
神官長を伴ない詰所を後にした。
ファラオと神官長の姿がなくなると
セファス将軍はウバルドたちを取押さえている戦士に
指示し、牢へ連れて行かせた。
アイーダは後を追おうとしたが側にいた兵士に止められ、
ファトマと侍女たちは気遣い慰める。
それを横目で見ていたラダメスに、将軍は小声で話し掛けた。
将: ラダメス。私は頼りないか?
いきなりそう切出され戸惑うラダメス。
ラ: いいえ。将軍の指揮だからこそ、私を含め大勢の
戦士たちは無事、帰還することができました。
将: いや、そういう意味ではない。
一人の人間としてだよ。
苦笑いしながら将軍は問うが、
まだラダメスには真意が掴めない。
将: 何故エチオピア王女の素性を私に報告しなかったのか、
と聞いておるのだ、ラダメス。
お前が正直に報告をしていたら、あの娘の命が助からぬ
と、そう考えたのであろう?
だから虚偽の報告でその場を切り抜けた。
後先考えずにな・・・違うか?
心を見透かしたような将軍の言葉に、ラダメスの表情が硬くなる。
将: 王女が捕虜の中にいると聞いた時には正直驚いた。
お前から虚偽の報告を受けるとは考えもしなかったからな。
先ほど、王子を兄と呼んだ時にすら、信じられなかった。
私は自分がとても小さな人間に思えたぞ・・・
虚偽の報告をしたときのお前は少なからずいつもと
違っていたはずなのだ。
だが私はそれに気づいてやれなかった。
それがとても悔やまれ、そして、何の相談もなかった
ことが悲しく思えた・・・
ラ: 申し訳ありません!私の軽率な行動のために
そのようにお心を痛めておいでとは・・・
どのような処罰も覚悟はできております。
あまりにも自分の進みたい道しか見えていなかったラダメスは、
将軍がどんなに心を痛めていたか気づきもしなかった。
ファラオの寛大さにばかり気をとられ、いつも自分に心を
砕いていてくれた将軍の気持ちを、上辺だけでしか理解
していなかったことに気づく。
将: いや、ラダメス。そうではない。
私は部下を、自分の息子のように思っているのだ。
我が子の為ならば、どんなことも力になってやりたい、
そう思っておる。だから、もっと頼ってくれて良いと
いうことだ。
苦しい表情で詫びるラダメスを見て、
少しばかり照れくさそうに告げた。
ラダメスは恥じるように下を向いてしまった。
将: 私が王女の素性を最初から知っていても、
お前と同じく助命を願い出たであろう。
このエジプトにも王女がいる・・・
もしアムネリス様が同様の立場になったらと考えると、
あの娘が王女と重なって見えてな。
敵国の王女といえど、ただ見捨てるということは
できんと思った。
ラ: セファス将軍・・・
将: だが、このような行為はこれきれだ、ラダメス。
分かっておるな?
ラ: はい、誓って。
ラダメスは真剣に応え、将軍も真剣に頷く。
すると、ラダメスへ身を寄せ更に小声で告げる。
将: 私は小心者だからの。神官に楯突いて大事なときに
神託がいただけなくなっては困るぞ。
今までの緊張感はどこへやら、ラダメスは一気に力が抜けて
思わず苦笑いを浮かべた。
将軍はその様子を見て何事もなかったかのように指示を出す。
ラダメスが了承すると、将軍は詰所を出ていった。
将軍の後姿を見送ったラダメスは気持ちを切り替える。
拘束されていたアイーダと侍女たちへ向かうと、
彼女たちを囲んでいた兵士に指示する。
ラ: 各自、持ち場へ戻っていい。
兵: ですが、この者たちの見張りはどうするのですか?
ラ: 心配ない。敵ばかりの中で逃げようなどと考えないだろう。
万一の時には、全て私が責任を取る。
ラダメスの言葉に兵士たちは顔を見合わせるが、
戦士の指示を拒否することなどできるはずもなく、
従ってその場をラダメスに任せて退出した。
ラダメスはアイーダたちに向き直ると告げる。
ラ: これから私と共に来てもらう。
ア: 何処へ?
ラ: エジプト王族へ仕える女官頭の元へだ。
ファト: アイーダ様に囚人としてエジプト人に仕えろというのですか?!
ラ: 先ほどのファラオの言葉を聞いただろう。
助命する代わりに囚人として仕えると。
屈辱的なことだろうが、命を守るためには他に方法がないんだ。
ラダメスはアイーダを見つめ、申し訳なさそうに告げる。
ア: そうね。こうして生きているだけでも幸運だと思うわ。
兄も牢に囚われてしまった今、私たちにはどうすることも
できない・・・選択の余地はないのよ。
でも、私の命を差出して兄が、エチオピアが助かるなら、
無駄な戦いがなくなるなら私はそれでもいい。
ファト: アイーダ様、何をおっしゃるのですか?!
何故、あなた様が犠牲にならなくてはいけないのです!
ア: 私が王女だからよ、ファトマ。
王族は国を守り民を守るのが務め。
今は肩書きだけになってしまったけれど、
それでも使い道があるのなら私はそれを望むわ・・・
ラダメスはアイーダと初めて会った時にも、彼女が戦いを無くしたい
と強く訴えていたのを思い出した。
ラ: アイーダ。何故あなたはそうまでして戦いを無くしたいのだ。
ア: 何故?あなたには理解できないの?
戦いで負けた国は必ず復讐と称して新たに戦を起こす。
それは勝利者と敗者がいる限りずっと続くのよ。
そして戦いの理由が分からなくなっても、尚それは続いてゆく。
戦いを仕掛ける傲慢な人間のせいで、罪も無い人たちが
大勢犠牲になる・・・あなたはこれが人間の道理と云うの?!
誰にでも平穏な日々を送る権利があるというのに。
あなたのように、戦うことが生き甲斐だという戦士がいるから
戦いがなくならないのよ!
ラ: 戦うことが生き甲斐だと?
あなたは本気でそう思っているのか?!
いつのまにか感情的になってしまっていたアイーダは、
ラダメスの怒りのような叫びに我に返る。
ファトマたちはビクリと身体が強張る。
だがラダメスの表情は怒りではなく、戦士が理解されない
悔しさだった。が、それもすぐに消える。
ラ: あ、怒鳴ってすまない・・・
だが、我々戦士を誤解しないでくれ。
全員が立派な戦士とは云い難いが、戦いを生き甲斐にする
戦士はいないに等しい。
それだけは忘れないでくれ。
真っ直ぐな眼差しで語るラダメスをアイーダはただじっと見つめていた。
ラダメスはその視線が急に照れ臭くなり、静まり返った詰所から
少しでも早く姿を消したい衝動にかられる。
ラ: では、あなたたちを女官頭の元へ案内する。
アイーダたちに気付かれないよう冷静さを保ち部屋を出る。
ラダメスの後にアイーダ、ファトマと侍女たちが続く。
ファトマは不安そうに小声でアイーダに話し掛ける。
ファト: アイーダ様。このラダメスという戦士、一体何を
考えているのでしょうか?
ア: 正直言って分からないわ、私にも。
ただ、この人は他のエジプト人と違うみたいね。
理想は違うけど、私と同じように考えを持つ人だわ。
ファト:アイーダ様、まさか、この戦士を信用しているのですか?
ア: 信用?どうかしら。大体、人を信用する時の基準って何?
大勢と同じ考えだから信用に値するの?
自分と同じだから?
人の心なんて変わりやすいものなのに。
私はただ、この人は身分の関係なくきちんと話を
聞いてくれる、そういう人だと感じるわ。
ファト: それは信頼や信用を感じるのと同じでは?
ア: そうね、そうかもしれない。
ファ: アイーダ様はやはり、このエジプト人を信用している
ということですか?
ア: いいえ、そうではないの。
ファト: 私にはおっしゃることがよく分かりませんが?
自分から質問をしておいて申し訳なさそうに云うファトマ。
だがアイーダは気にせず、ラダメスの背中を見つめながら
後に続いている。
『この人は正直な人よ・・・こんな人が、私と共に戦ってくれたら、
どんなに心強いだろう。信用とか信頼とか言葉では
表せない深いものを、このラダメスから感じる。
今すぐには無理かもしれないけど、いつかこの人に
全てを解かってほしい。戦いがどんなに無益なことか・・・
そして、私の自身のことも・・・』
やがて目的の部屋の前に到着。
ラダメスはノックをして来訪を告げると、
アイーダたちを振り返る。
ラ: 私の仕事は、ここで一先ず終わりだ。
あなた方を囚人としてではなく侍女として預ける。
大きな役には立てないかもしれないが、
助けが必要な時は、私を思い出してほしい。
ラダメスの行動に驚かされてばかりのアイーダたち。
素直に喜べる事態ではなかったが、会釈をして応じた。
ラダメスはアイーダに向き直ると更に続ける。
ラ: これがあなたにとって良い選択だったとは思っていない。
だが生きていれば、叶うこともあると信じている。
あなたには誇りを捨てず、自分の信念を失わずにいてほしい。
ア: ラダメス・・・
ラ: これが今、あなたに伝えるべき言葉だ、アイーダ。
アイーダが何か告げようとすると扉が開き、女官頭が現れる。
ラダメスは指示の内容を伝え、アイーダへ微笑みその場を後にした。
アイーダはしばらく後姿を見送っていたが無理やり部屋へ押し込まれる。
ラダメスは大広間に歩を進めながら、
自分の為の誓いをたてる。
『いつか、彼女の祖国エチオピアを解放するために、
私は勝利をこの手に入れよう。
それが私にとっての価値であり、戦い続ける理由だ・・・』
手探りではあるが、ラダメスは確実に自分の道を築きはじめている。
それは『革命』という、新たな序章・・・
ええ〜、アイーダが囚われエジプトにやって来た
あたりの想像です・・・アムネリスがアイーダの
素性を知らなくても、ファラオや一部の人間は
知っていたんじゃないかと思えたので・・・
ただ、アイーダたち敵国の後継ぎをどうするか、
方針が決まっていないが為に、身元が公になって
いなかったのかもしれないなぁと、勝手に推測です。
たぶん、このしばらく後くらいが舞台に繋がる
感じではないかと・・・全部、勝手な想像ですが(^^ゞ
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