Extra Story 
TEMPEST


1942 − 九龍


1942年−チムサアチョイ海岸
明方の海岸を1人の少女が歩いている・・・
一昨日から続いた予報外の悪天候で海は荒れ、海岸にはその名残の残骸が打ち上げられていた。


ウソみたいに静か・・・嵐のような雨風だったのに、いまは波の音がとても優しい。
だけど、こんな時間に出歩くには時期が早いかな。もうすぐ春節祭とはいえ、2月はまだ冬だもんね・・・


穏やかな海を見ながらゆっくりと歩く少女に、冷たい海風が吹きぬける。
思わず身震いし、上着のポケットに両手を入れて立ち止る・・・
右のポケットに押し込まれた冷たく硬い無機質な存在が、少女を悪夢へと引き戻す。


今年の春節際は1人でお祝いするんだっけ・・・家族なんて、もういないもんね・・・
頼れるものも自分だけ・・・あたしの新しい明日は、復讐を果たすまではこないんだ・・・
だから絶対に成し遂げる。あたしが前に進む為にも・・・


少女は気持ちを落着けると歩き出した。


少女の名前はアニタ・リー。
秋風が冷たさを増した頃、真面目で信頼厚かった役人の父が事故死した・・・あくまで表向き。
実際には、事故に見せかけた死・・・事故死したとの知らせを聞いた母親は取り乱し、ひどく悲しんだ。
だが、事実を知った後には、いつか自分も同じ道をたどるのではという恐怖に襲われ、心身を病んでいった。
そんな母親をアニタは献身的に世話したが、父の死から一月を過ぎた頃・・・母親は自ら命を絶った。
アニタには、まるで母が父の後を追っていったように思えた。

相次いで両親を亡くしたアニタは、誰を信用することもできず、通っていた学校も辞めてしまった。
自分も命を狙われるかもしれないという心配より、ただ悲しみに包まれ悪夢の中で呼吸をしていたアニタ・・・
いつしか黒い服をまとい、拳銃を手にした彼女が選んだ道は・・・両親の敵討ちだった。



小型の遊覧船がアニタの行く先を遮る。
小型とはいえ船がさらわれ、あちこち傷ついて打ち上げられている様子からは、荒れた海の凄まじさが見てとれる。

何気なく遊覧船を横目で見ながら歩を進めるアニタは、その物陰に何かが動くのを感じた。
立ち止まって物陰をじっと見入る・・・と、いきなり大きな人影が現れた。
驚いたアニタは全身を緊張させ、だが逃げるわけでもなく、上着のポケットにある拳銃の存在を確かめた。

黙ったまま人影を探る・・・外見からは若い青年らしいことと、服装からは軍人らしいことに気づく。


この服って、イギリス軍・・・でも、確か2、3日前にイギリスに帰ったはず・・・


思案していると、その青年が近づいてくるのに気づく。
思わず拳銃を取り出して身構えたアニタは十分な距離を保ち、相手の顔を睨むように見つめた。


「ここは、どこなんだ・・・」


銃を向けられたにも関わらず気にもしていない様子の青年は、誰にともなく言葉を発した。
冷たい夜明けの海岸をゆっくりと見渡す表情は、どこか困惑しているようにアニタには思える・・・


この人、なんだか様子がヘンだ・・・


更に一歩踏み出した青年が何かに足を取られて体勢を崩す。
片膝をついき、視点の定まらない様子で右のこめかみ辺りを押さえ込んでいる。
尋常でない様子を感じたアニタは、無意識に駆け出し助け起こすように青年の肩に手をかけた。


「大丈夫?どこか具合でも悪いの?」


心配そうに覗き込むアニタと青年の視線がぶつかる・・・

微かに青年の表情が和らいだと思った次の瞬間、アニタはすっぽりと包み込まれていた。
突然の出来事に驚き状況が把握できない。


「えっ?!ちょっと、何なの?!」


予想外の展開に、やっとでた言葉。

青年はアニタを解放すると今度は探るように彼女を見つめ、そっとつぶやいた・・・


「君は、だれ?」

「え?」




見知らぬ青年に突然抱きしめられ一瞬パニックになりつつも、アニタは何とか平静を装う努力をしていた。

二人は半壊した遊覧船に寄りかかり座っている。
青年は気が付いたらこの砂浜に倒れていたらしい・・・何が起こってこのような状況なのか全く分からない。

記憶喪失・・・そうとしか考えられない。


「イギリス軍の船は2、3日前に出航したって聞いたわ。でもその直後に予報外の嵐があって・・・
たぶん、あなたの乗った船は海にさらわれてしまったのね・・・」

「そうか・・・」

「あなたは自分の名前も分からないの?」


アニタの問いに無言でうなずく青年・・・


「名前だけじゃない・・・家も、何処に住んでいたのか・・・自分の素性というものが全く分からない・・・」

「何か、手がかりになるような物は持っていないの?」


首を横に振って小さくため息をつく。
そんな青年を同情の眼差しで見つめるアニタ・・・ふと、青年の首下に鈍く光るものを見つける。


そういえば、軍人ってIDを身につけてるよね・・・


そう思いながら青年の首元へ伸ばした手は、力強い腕によってきつく掴まれた。

痛さに思わず顔を歪めたアニタを見て、青年は慌てて手を離し謝る。


「あたしこそ、ごめんなさい。あの・・・そのペンダントが気になったものだから。
 ほら、軍人ってIDを身につけてるって聞いたことがあるから、もしかしたらと思って・・・」


青年はアニタに言われ初めてその存在に気づいた様子で、そっと襟元から引き出す。
無言で、記憶を探すように見つめる青年・・・


「ファーディナンド・スレイド・・・」

「ファーディナンド・・・あなたの名前ね?」

「そうらしい・・・これが本当に俺のものなら」

「他人のIDを身につけるなんて考え難いわ。あなたの物で間違いないと思う」


真剣な表情で告げるアニタを見て、なぜか心強く確信を得た青年は「そうだな」と頷き再びIDを見つめた。

その横顔を見守っていたアニタは急に先ほどのハプニングを思い出し、思わず青年から眼を逸らした。


やだ、今更だけどドキドキしてきちゃった・・・さっき、ちょっと笑ったと思ったら、あんなことになってるなんて・・・
ビックリのほうが大きくて考えるどころじゃなかったけど、あたしを誰かと間違えてたよね・・・恋人、かな?
いるんだよね、きっと・・・その人の記憶、残ってるのかな・・・残っていなければ・・・


そっと振り返ると、青年は苦しそうな表情でこめかみを押さえていた。


「どうしたの?頭が痛いの?」


アニタの問いに青年からの返事はない。


「ファーディナンド!大丈夫?!・・・ファーディナンド!」


言いながら手で額を触る。


「熱い・・・濡れたままだったから風邪を引いたのかも。どうしよう・・・病院、行かなくちゃ。ファーディナンド、立てる?」


ファーディナンドを心配しながら覗き込む。


「病院は、行かなくていい・・・」

「どうして?熱が高いし、肺炎をおこしているかもしれないのよ?それに記憶喪失になるくらいだもの、検査だってしなくちゃ」

「いいんだ・・・病院に行けば、色々と面倒なことになりそうだから。どこか、誰も使っていないような空き家を知らないか?」

「探せばあると思うけど・・・これからどうするつもりなの?」

「俺は軍人だからな、体力には自信ある。少し休んで・・それから考えるさ」


弱々しい口調で告げるファーディナンドを見つめてアニタは思案する。


自分の名前も思い出せない男の人と関わるなんて、不安が全く無いワケじゃないけど・・・
でもこの人を放っておくなんてできない・・・よく分からないけど、ファーディナンドのそばにいたいし、そばにいて欲しい・・・
初めて会ったばかりだけど、この人のこと、好きだから・・・


「あたしの家に、来ない?」

「それはできない。俺は、記憶を失っていて、どういう人間かも分からない。このIDだけしか手がかりがないんだ・・・
そんな人間に、どうしてそんなことが言える?俺はもしかしたら、とんでもなく危険な男かもしれないんだぞ」

「大丈夫よ、あなたは大丈夫」


記憶のない自分に不安を持ち、アニタの申し出に異を唱えるように答えたファーディナンド・・・
だが、きっぱりと否定したアニタの、短くシンプルな言葉は力強く心に届く。


どうして、そんなこと言い切れるのか・・・だが、あてのない俺に差し出された、たった一つの救いの手・・・



一つ大きく息を吐いたファーディナンドは小さい笑みを漏らすと、静かに待っていたアニタへ眼を向ける。


「名前は?まだ聞いてない」

「あ、アニタ・・・アニタ・リー」

「じゃあ、アニタ。遠慮なく世話になる」

「うん」


俺は、こんなに信頼に値する人間なんだろうか・・・


嬉しそうに頷くアニタを見て、ファーディナンドは思わず苦笑いを浮かべた。

立ち上がったファーディナンドの足元がふらつくのを、アニタは自分の肩で支える。


「すまない」

「いいの、大丈夫だから」

「家までは遠いのか?」

「そんなに時間はかからないわ。少なくとも、ファーディナンドが倒れこんでしまう前に着くと思うわ」

「そうか。それじゃ、意識が遠のかないよう何でもいいから話しかけていてくれ」

「分かった」



アニタは話す内容に迷いながらも話し始める・・・

海岸を去る二人の背中を、夜明けの海が静かに見守っていた・・・




1942年−初夏

予報外の嵐から3ヶ月・・・

アニタの復讐を知ったファーディナンドは、彼女を説伏せること叶わずに自らその復讐を支えた。
これで新しい日々が始まると考えていたアニタは、現実がそんな単純なものではないと知ることになる・・・



同年−秋・・・

ファーディナンドは依然、記憶を失ったまま新しい記憶の日々を過していた。
アニタはそんなファーディナンドを献身的に世話している。


公園の木々も紅さが増した近頃は、九龍の中心街で、ある殺し屋が話題になっている・・・
市民の暮らしを脅かす悪徳官人やマフィアなどをターゲットにした、義賊の殺し屋が現れたというのだ。


その名を"キラー・メイ"という・・・・




2000年、わたるくんに射抜かれた直後、TEMPESTを観ました。
ものすごい衝撃にクラクラしつつ、しばらく麻薬のようにビデオを見続けた日々・・・
で、何度も観ているうちにファー様とアニタの出会いってどんなだったのかと
思い始め、勝手な想像でお話を書いたことがありました。
あれから5年・・・久々にその文をみつけ、懐かしさと恥ずかしさで笑いしか出て
きませんでしたが、もう1度ちゃんと書いてみたいと思い、かなり加筆して登場させてみました。
TEMPESTファンの数だけサイドストーリーがありますが、これはu-tsuの想像する世界・・・
こんな捉え方もあるのね、と笑って読み流していただけると嬉しいです(^^ゞ
どうもu-tsuはファー様とアニタというコンビの方が好きみたいで、舞台のラストも
5年前に戻らず違うラストを観てみたかったなという気持ちが、未だに強いです(苦笑)
何年一緒にいようとも、ファー様はアニタに妹以上の感情を持てないとは思うけど・・・
アムさまといい、アニタといい、u-tsuは片想いが好きらしい・・・?




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clip by「双子屋工房」様